(本ページの記載内容は、S&T Journal 2002年4月号掲載当時のものです。)

わかる入門講座:ナノテクの世界、その4
ナノ構造の性質(I)
独立行政法人 物質・材料研究機構 ナノマテリアル研究所ナノ物性グループ ディレクター 木戸 義勇

 目で見えない大きさナノメートル(百万分の一ミリメートル)級の構造体を物質の表面に作製する方法については前回までに述べたので、今回からは、これらの大きさの物資の持つ性質について説明する。

 ところで、物質を小さくしたことで現われる性質は、物質を構成する元素の種類によって大きく異なり、多種多様の材料の元として用いられるが、中には元素の種類によらず、ほとんど構造だけに依存して現われる共通の性質がある。今回と次回はこのような性質について述べたいと思う。

 

トンネル接合

 電気を流さない性質の物質を絶縁体と言うが、絶縁体の薄板を二枚の金属や半導体など電気を流す性質を持つ物質でできた板で挟むと、図1の電気を貯める性質を持つ蓄電器(コンデンサー)素子ができる。対向する導電性板の面積をA(平方メートル)、絶縁板の厚さをd(メートル)そして比誘電率をεとすると、コンデンサーの容量C(ファラッド)は

C=ε・ε0A/d

となる。
ここでε0は、真空の誘電率を表し、8.854×10-12(ファラッド毎メートル)。そして、このコンデンサーに蓄えられた電荷をQ(クーロン)とするとコンデンサーの電圧V(ボルト)は、

V=Q/C

となり、静電エネルギーE(ジュール)は、

E=Q2/2C

となる。
ところで、電子(e)一個は、e=1.6×10-19クーロンを持っている。もし、Cが極めて小さく10-18ファラッドだと一個の電子が加わっただけでエネルギーは1.28×10-20ジュール変化する。エネルギーの単位としてこの数は直感的でないので、専門家はこの値を素電荷で除して(割って)電圧単位で表すのが普通で、それは80ミリボルトとなる。
電子一個の現象を観測するには、静電エネルギーが温度のゆらぎエネルギーkBTよりずっと大きい必要がある。すなわち、

e2 / 2C > kB T (1)

ここで、温度T(K=ケルビン)は、絶対温度であり、水の氷点が273.15Kに相当する。kBは、ボルツマン常数で1.38×10-23ジュール毎ケルビンだから、室温はおよそ4×10-21ジュール、すなわち26ミリボルトになる。有望な素子としての機能は、絶縁層の厚さをトンネル効果が現れる一ナノメートル程度に薄くすると出現する したがって、室温動作の為に作製する接合面の大きさは 一辺が10ナノメートル以下の正方形となる。

 

きど ぎゆう
静岡県生まれ。大阪大学基礎工学部博士課程修了。工学博士。東京大学物性研究所、東北大学金属材料研究所を経て科学技術庁金属材料技術研究所(現・独立行政法人物質・材料研究機構)に入所、2001年独立法人化後、現職

 

図1:コンデンサー構造のトンネル障壁

量子揺らぎ

 トンネル効果を有効に利用するには、量子揺らぎによるコンデンサーの漏れ電流が小さいこと、即ちトンネル抵抗R(オーム)とコンデンサー容量の積の時定数RCが量子ゆらぎの時間より充分長い必要がある。量子力学の考えでは、時間とエネルギー(前出のE)の積はプランク常数h(6.6×10-34ジュール秒)より絶対に大きいので、書き換えると

R >> h / e2 ≒ 25.8キロオーム  (2)

を満たす必要がある。

 それでは、トンネル抵抗は大きければ大きい程良いか、というとそうとも言えない。実際の素子では、スピードが要求されるからだ。

「クーロン・ブロッケード」

 条件(1)と(2)が満たされているとき、コンデンサーに図2の様に電圧Vを加えた時に流れる電流Iを考える。

  この図でコンデンサーは、トンネル接合を意味する。特徴的なことは、電圧が低いときには電流は流れないが、電圧が次式の不等式を満たす値以上になるとトンネル効果が顕著になって電流が流れることである(図3)。

eV > e2 / 2C ― kB T0

 いい換えると、温度が0Kの時、電圧がe/2C以下では電流は流れない。このエネルギーを「クーロン・ギャップ」と呼び、トンネル効果を止める効果を「クーロン・ブロッケード(Coulomb blockade)」と呼ぶ。

  このように前回と前々回の技術でごく小さなコンデンサーを作れば、面白い素子が出来そうである。しかし、素子として小さな容量を一個だけで扱う事はできない。それは、素子の両端につけたリード線の作る容量が無視できないからで、実際に考えられる最も単純な形は図4の様なトンネル接合を二個直列接続したものになる。実験で、電流電圧特性を調べ、図3の様な特性が得られれば「クーロン・ブロッケード」ができていることになる。

単一電子トランジスタ

 ナノメートル級のクーロン・ブロッケードの電気的特性を利用した能動的な素子である単一電子トランジスタの原理図と構造例をそれぞれ図5と図6に載せる。これは、二つのトンネル接合と一つのコンデンサーから成り立っている。そして、二つのトンネル接合の交わった場所がクーロン島である。ここには絶縁層が厚くトンネル効果が起こらないように作製したコンデンサー構造が付加されている。このコンデンサーの端子をゲートと呼び、ここに加える電圧を変化させることで、クーロン島の電子の数を制御する。トンネル接合に加える電圧をゲート電圧が〇ボルトの時には電流が流れない範囲で高めに調整し、次にゲート電圧を加えてクーロン島の電子数を増やしていくと、個数が一個増えるごとに周期的に電流が極大値を取る。これは、わずかな入力変化で電流のオン・オフを制御出来ることを意味する。

様々なクーロン島の材料

 単一電子トランジスタが近年、非常に着目されているのは、動作に必要な電子の数が従来のトランジスタでは数万個以上だったのに比べて一個と圧倒的に少ないことで、小型化の極限が達成できる点にある。

  しかも、構造の基本ができていれば、いろいろな変形が考えられる。初めは、図6のクーロン島の構造の作製を半導体プロセス技術を用いて行っていた。しかし、最近は、縦方向に形成する方法が多く研究されている。その方が面積を小さくできる。

  また、縦に並べた形は、トンネル素子として注目されている「共鳴トンネル素子」と構造が似ている。これについての詳細は、次回以降にふれる。

  最近発表されたクーロン・ブロッケード効果は、金属材料、半導体材料以外でもカーボンナノチューブ、高分子、そしてDNA(デオキシリボ核酸)と多岐に渡っている。

  また、リソグラフ(露光による微細加工)以外の作製方法も多く研究されている。カーボンナノチューブの場合は、二つの電極の間にナノチューブを落し、或いは、基盤上に散らしたナノチューブに後から電極をつけ、その後ワイヤーを二カ所切って作製する。高分子の場合は、初めから絶縁部分を作りこんでおいて電極をつける。DNAの場合も同じ。 

  極微細構造は、走査トンネル顕微鏡(STM)を用いて作製する。金のクーロン島、ダイヤモンド表面の二次元ホール面に作製したクーロン島、チタン薄膜を加工したクーロン島―など多くの種類がある。いずれも電子線リソグラフを用いる技術より遙かに面積の小さな接合ができることから室温動作への期待が持たれる。

  図7は、物質・材料研究機構の根城らによって製作された金の単一電子トランジスタの動作曲線である。室温でもクーロン・ブロッケード効果の片鱗が見えている。今後は、一本の高分子線などナノワイヤーの人為的な配線方法についても研究が進むと思われる。

製品化への研究状況
―NTT、日立などが成果

 クーロン島を使った簡単な回路の例では、図5の回路を横につないだ形が簡単である。これは、ゲート付きのクーロン島を並べただけの構造で「電子ポンプ」と呼ばれる。動作の詳細については、簡単なので説明しないが、ゲート電圧を順に換えることで電荷を一方からもう一方に移すことができる。

  最近、NTT(日本電信電話)は、この原理を応用した単電子CCD(電荷結合素子)を発表している。まだ、二五Kでの動作確認ができた段階だが、遠くない将来に室温で動作可能な単電子素子ができるだろう。

  また、日立製作所とケンブリッジ大学(英国)は、共同で単一電子トランジスタ部を組み込んだメモリーの開発に成功している。

どちらも今後が期待される。

図2:トンネル接合の電流電圧特性を測定する原理的な回路。実際には、この回路で応答を測定することはできない。

図3:ある電圧以上かけると電子がトンネル障壁を抜ける。

図4:2つのトンネル接合を直列にすることで電流電圧特性の測定が可能になる。

図5:単一トランジスタの回路。2つのトンネル接合と1つのコンデンサーから成り立っている。

図6:単一電子トランジスタ構造の一例

図7:金で作ったクーロン・ブロッケードの例。室温で片鱗が見られた。

(本ページの記載内容は、S&T Journal 2002年4月号掲載当時のものです。)


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