ナノテクノロジーとは、原子や分子の配列をナノスケール(10-9m)で自在に制御することにより、望みの性質を持つ材料、望みの機能を発現するデバイスを実現し、産業に活かす技術のことです。

 ナノテクノロジーは素材、IT、バイオなど広範な産業の基盤に関わるものであり、21世紀の最重要の技術と捉えられています。

 この技術により実現すると想定されることの例としては、米国の国家ナノテクノロジーイニシアティブ(NNI)でクリントン前大統領が演説の際に述べた次のようなことがあります。

  • 鉄鋼よりも10倍つよく、しかもずっと軽い材料(素材)
  • 国会図書館の情報を角砂糖の大きさのメモリに収容(IT)
  • ガンを細胞数個程度の段階で検出(バイオ)

 具体例を挙げていけば限りがありませんが、この例もまたナノテクノロジーが素材、IT、バイオにまたがる普遍的な技術であることを示唆しています。

 では、ナノテクノロジーはバラ色の技術のように思われていますが、それを現実のものとするためには何が必要となるでしょうか。冒頭のナノテクノロジーを定義する文章には、次の3つの課題を克服することが前提となっています。

  • 原子や分子の配列をナノスケールで自在に制御する技術の開発
  • 望みの性質を持つ材料、望みの機能を発現するデバイスを実現するための、原子・分子の配列に関する知識の蓄積
  • 「望みの・・・」と書いているが「何を望むか」目標の明確化

 最初の課題を実現するための、ナノテクノロジーにおける特徴的な技術はボトムアップによる原子・分子の積み重ねです。ドレクスラーのアセンブラやレプリケータはそれを実現するための具体的概念になっています。

 2番目の課題については、ファインマンが1959年に行った講演のタイトル“There's Plenty of Room at the Bottom”が今も活きています。ナノスケールのようなミクロの世界では、原子や分子の配列を変えると、無限に多様な現象を生み出すので、未知の現象の探索は挑戦的な課題となっています。

 最後の課題は技術というよりは社会科学の問題となりますが、産業における目標の明確化は容易ではありません。ここでは1番目と2番目の課題に関連した、具体的な情況を簡単にレビューしておきます。


ボトムアップ技術

 これまでの微細加工においては、バルクの材料を削りおとして加工してきました。この技術をトップダウンと称することにして、原子・分子を積み重ねて望みのものを加工する技術をボトムアップと称しています。ボトムアップの技術の極限は、走査トンネル顕微鏡(STM)や、原子間力顕微鏡(AFM)による原子・分子操作です。ただし、現状ではこれは大量生産には向かないので、産業には適さないと考えられています。しかし、多数のチップを持つSTMやAFMの作成が可能になれば、同時に多数の原子・分子操作ができるようになるはずで、そのような努力が実際に行われています。江崎玲於奈博士によって始められた、分子線エピタキシー(MBE)による超格子は、原子・分子の操作による人工結晶の作成を可能にしたものであり、HEMTは衛星通信に用いられているし、磁性超格子は計算機の磁気メモリに利用されています。その他、将来のデバイスへの利用を目指した、量子細線や量子ドットをボトムアップの技術によって作成する試みが盛んに行われています。


原子・分子配列と機能

 同じ原子からできていても、原子の配列が異なると性質が全く違ってきます。典型的な例としては炭素からなる多種の物質があります。グラファイト、ダイアモンド、フラーレン、カーボンナノチューブなどです。グラファイトは半金属、ダイアモンドは絶縁体です。フラーレンもC60のみならず、多数の類似構造があり、それらの間の性質は違います。カーボンナノチューブは、グラファイトの1枚のシートを巻いたもの(それが多重になっていることが多い)と考えられますが、その巻き方によって金属にも、半導体にもなります。フラーレンやカーボンナノチューブは、ナノテクノロジーでの構成部品として期待されています。これらに類似のものとして、ホウ素(B)と窒素(N)からなるものの研究も盛んです。また、ナノの世界では量子効果をまともに考慮しなければなりません。マクロの世界と異なることは、次のような単純な例からも明らかです。マクロの世界では、銅線があった場合に、それを半分に切断したとしても、銅線の基本的性質(単位長さ当たりの抵抗、比熱、帯磁率、色など)は変わりません。しかし、ナノスケールの世界はそうではありません。長さが変わると電子が閉じ込められる空間の大きさが変わるために、量子力学的な電子のエネルギー準位の間隔が変わってきます。そのため、単位長さ当たりの抵抗、比熱、帯磁率、色などが全て変わってしまうのです。久保亮五博士による金属微粒子の理論は、このような問題を指摘したものです。このように、原子の配列(原子の種類、配列の仕方、サイズ)によって、千差万別の性質や現象が見出されることになります。これらについての私達の知識は限られており、今後の研究によって豊富なデータを蓄積していかなければなりません。性質や機能が原子配列に敏感であることは、ナノスケールでの加工精度に厳しい条件を課することになります。その最も厳しい条件は、原子一つの精度で操作することです。

 このように、ナノテクノロジーにおいては、非常に困難な課題の克服が要求されています。そのためナノテクノロジーは長期的な課題と位置付けられており、その将来にわたる推進のためには、人材の育成の重要性も謳われています。また、課題の困難さのため、研究グループ間の情報の交流を盛んにして、効率的な課題の遂行が望まれています。